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ザハリー (ノヴゴロド公国) : ウィキペディア日本語版 | ザハリー (ノヴゴロド公国) ザハリー(ザハリヤ)(、? - 1167年)は12世紀中盤のノヴゴロドの貴族(ボヤーレ)である。 1161年、スモレンスク公ロスチスラフとキエフ大公アンドレイ(ru)との合意の下で、前任のネジャタ(ru)に代わってポサードニクに選出された。その任期中の1164年、スウェーデン軍がラドガを攻撃したが、ザハリーとノヴゴロド公スヴャトスラフはこれを撃退した。1167年、ノヴゴロド公スヴャトスラフがその公位から追われた後、スヴャトスラフへの支援を疑われ、ノヴゴロド人によって殺害された。 白樺文書(ru)のNo.724は、サヴァという人物が兄弟らへ宛てた手紙であるが、そこにはダーニ(貢税)の徴収が原因で起きたザハリーとアンドレイ(上記のアンドレイ)との紛争について記されている〔«проект Древнерусские берестяные грамоты» Грамота № 724 〕。 ==出典== 〔
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